ケンポ・トゥブテン・ロドゥ・ニイマ

Khenpo Tubten Lodro Nyima

チベット仏教ニンマ派の在家密教行者。チベット本土のゾクチェン寺付属のシュリー・スィンハ仏教大学出身の仏教博士(ケンポ)。現在、パトゥル・リンポチェの補佐として世界のゾクチェンセンターで指導をされています。 2007年から来日され、今回で6回目になります。

北東チベットにあるアムド地方に生まれ、2013 年現在40歳です。

幼少時代、父から読み書きを学びました。成長する彼は輪廻に対する悲しさを覚え、15 歳の時に、サムエー寺まで行き、僧侶の戒律を授かった後、一旦家族の基へ戻られました。

中国では、文化大革命が終わると、次第に信仰の自由が認められ、僧院や出家が黙認されるようになってきました。

そのころ、チベットのカム地方にあるニンマの六大寺院の1つ、ゾクチェン寺では、お寺の再興より優先して仏教大学(シュリー・スィンハ)を再興させました。当時16歳だったケンポは、強い発心をし、仏法を求めて、アムドからカムに単身移動し、パトゥル・リンポチェらと共にその第1期生として入学しました。

この当時、弾圧前から修行されていた「長老」と呼ばれる仏教の師が多くご存命で、刑務所から釈放されたり、山籠もりから下りてきたりして、ケンポら若い世代を直接指導されました。これによってシャカムニ以来途切れずに続いてきた仏法の相承系譜が、無事、次世代に受け継がれました。

ケンポの根本ラマは「一生のうちに仏陀となられた」と信じられているアチュン・トクデン・リンポチェとパトゥル・リンポチェと同じ根本ラマであられるドゥクパ・リンポチェです。

ケンポは、長老たちから12年間に渡り(19882000)、顕密の教えの他、10種類の伝統科目を学ばれました。

卒業と同時に、彼はケンポ(仏教博士)の資格を習得し、故郷アムドの小さな寺に入りました。そこは僧が彼以外おらず、在家修行者と在家信者に教えを説いていました。 学ぶ人が次第に多くなり 25 人くらいになりました。しかしアムドでは、まだゾクチェンほど信仰の自由がなく、中国政府から信者を15 人まで減らすように強要されました。法律では、ケンポが主催する寺は何人までという制限があるからです。

しかしケンポは誰に対しても出ていくように言うことができず、しかたなく自分が去ることに決め、その後亡命されました。

パトゥル・リンポチェが教えの本質を自分の体験から語るのに対して、ケンポはまるで「仏教の知恵の泉」であるかのように、明解な論理性をもって、まさにシュリー・シンハ仏教大学でのオーソドックスな説き方で講義をされます。

それがゾクチェンセンターでは、とてもよい組み合わせとなっています。

東京ゾクチェンセンターとしては、この日本にロンチェン・ニンティクの系譜に沿ってゾクチェンの教えを根付かせたい、参加者に教えを本当に理解してもらいたいと心から願っています。

そのために、できれば両方の師から学んでいただければ相乗効果がとても高いと考えております。

1+1=2ではなく、5倍にも10倍にも効果的だと確信しております。

※ケンポ(仏教博士)とはニンマ派の五明仏大学を卒業し、テスト合格と何らかの成就の徴があると認められた者だけに与えられる称号です。仏法を正しく教えることができると認められる資格です。

なお、パトゥル・リンポチェもケンポです。

パトゥル・リンポチェとケンポ・トプテン・ロドゥ・ニイマが卒業したゾクチェン寺付属のシュリー・シンハ五明仏学院は、ニンマ派最古の五明仏大学であり、多くの成就者を輩出したもっとも権威のある五明仏大学です。